孤独を味わうことで、人は自分に厳しく、他人に優しくなれる。いずれにせよ、人格が磨かれる。 (フリードリヒ・ニーチェ)

カテゴリ: 雑記
 2018//24





明治41年に刊行された若山牧水の処女歌集である「海の声」
その中には


白鳥は 哀しからずや空の青 うみのあをにも 染まずただよふ


という短歌があり、中学時代に何故『青』ではなく『あを』なのか?という課題を出された思い出がある。
PCゲームリトルバスターズ!にもこの短歌は登場しており、好きになった影響で詩集を購入したほどだ。



この歌に出てくる『白鳥』は『カモメ』を表しており、『はくちょう』ではなく『しらとり』と詠む。
牧水の心情を白鳥に置き換えることで牧水が何を思って作ったのか、その情景が浮き彫りになってくる。


 ***

海のほとりで青い海を眺める牧水、眼前に広がった青空に一羽の白鳥 (カモメ)がくっきりと漂っているのが見えた。


 あの白鳥しらとりは哀しくないのだろうか?
 きっと哀しいことだろう。
 空の青、海のあをにも染まらないで、漂っているのだから。
 私は哀しくてたまらないよ。



牧水はふと、そう思った。

 ***


白鳥は白であるからこそ青の景色と同化することはないし、することもできない。
むしろ、孤独なまでに海とも空とも交わることを拒んでいるようにも見える。
他と交わりたくない、その一部になりたくない、だから哀しくても白鳥は孤独でいると決めた。

その孤独感は牧水の身空にまつわる哀しみに通ずるものがあり、白鳥は牧水の投影と考えるのが通説だ。
一般的には傍に寄り添うもののない、孤独であることの悲哀を歌ったものとして解釈されている。



人は生きていれば『一人は淋しい』と感じることがあれば、『一人になりたい』と思うこともある。
そういう時こそこの歌を思い返して、歌に出てくる白鳥の情動を感じ取ってみてはどうだろうか。

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